雨の日が、ついこのあいだまで嫌いだった。

通勤の電車はむっとした空気になるし、くせっけの髪の毛はクルクルになるし、水に濡れても平気な靴は不恰好で、合わせる服も限られるし。

うつうつと暗い空を眺めながら、なるべく雨が小降りになるのを待ち、重い腰を上げて玄関を出る。

休みの日が雨なら、映画館か百貨店で時間を潰す。そんな過ごし方。

 

それがなんだか、2年前くらいから雨音で目を覚ますと、ほっとする様になった。

風が通る部屋がすきなので、暑くても寒くても1年のほとんどを、窓を少しだけ開けて寝る。すると、朝の空気からその日のお天気が、なんとなく伝わってくる。

 

草が濡れたような、かすかな雨の匂いとトタン屋根に落ちる雨の音。

今日は、しっとりと心を落ち着けて過ごそうと思う。

 

まだ誰も起きてこない台所で、薬缶いっぱいにお湯を沸かし、コーヒー豆をひいて、去年買ったドリップコーヒー用の器具にお湯を注ぐ。

この手間が、またいい。

だって雨だし、急いで出掛ける先もない。

 

蒸らした豆から、深入りコーヒーのローストの香りが湿った空気と混ざり合っていく。

コーヒーは、淹れている時に一番いい香りがたつ。

まだ目覚めきらない身体の中に、その香りが入っていくと、日常だけど幸せな気持ちになる。

 

雨降りの冷たい空気を感じながら、あったかいコーヒーをすすると、その苦味が目を覚ましてくれる。

 

たぶん、雨がきらいで無くなったのは、コーヒーが飲めるようになってからだと思う。

 

近頃では、雨が降る何も予定の無い時は、必ず喫茶店へ行く。純喫茶と呼ばれる古い喫茶店は、壁も床も天井も、コーヒーが染み付いたみたいな焦げ茶色をして、コーヒーの渋味とお店が重ねてきた時間が演出するそれとが、まるでコーディネートみたいによく似合う。

こういう、これまでたくさんのお客様を受け入れてきたお店には、包容力があって、どんな気持ちで訪れても、心を穏やかにしてくれる。

それが雨の日ならば、なおさらじっくり心に沁みてくる。

 

好きな雨の日の過ごし方。

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